馬嶺古道・桐廬渓谷セクション

石舍村(上流側。記録された出発点は村の外れへ上る道から) 桐庐县富春江镇石舍村 → 芦茨村(下流側、慢生活体验区旅游驿站) 桐庐县富春江镇芦茨村(慢生活体验区旅游驿站)

Easy10.7 kmパイント・トゥ・ポイント古道2023年認定 一級古道バス1日2〜4本
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登り 尾根 下り
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16日間予報

クイックファクト

出発点 石舍村(上流側。記録された出発点は村の外れへ上る道から) 桐庐县富春江镇石舍村
終了点 芦茨村(下流側、慢生活体验区旅游驿站) 桐庐县富春江镇芦茨村(慢生活体验区旅游驿站)
エリア 桐庐
交通手段 杭州東から高速鉄道で桐廬まで33〜53分(二等席44元)、そこからバスK619で石舍まで40〜50分、6元。このバスが1日2〜4本しかないことが、この歩きの設計上の論点すべてである。
混雑状況 公式の訪問者数に基づく編集上の判断。三村合計で2026年上半期に124万人、石舍だけで2025年に180万人。平日の9時前なら道は貸し切りになる。五一国慶節、端午節、春のタケノコ期は蟹坑口の崖口で人とすれ違えなくなるほどだ。茆坪では旧暦12月から元宵節まで村の催しが続く。

ベストシーズン

4〜5月と10月から11月中旬が無難な答えだ。春はタケノコとアブラナ、秋はイチョウとカエデの色、そして日射しの弱まる渓陰。6〜8月は水遊びの最盛期であると同時に、最も暑く最も雨が多い。梅雨のあいだ石は滑り続け、大雨のあとは百步街が冠水する。1〜2月は静かで灰色をしており、県の森林禁火期間にあたる。どの月でも、天候よりバスの本数がその日を決める。

ルート概要

尾根を越えない尾根越えの道

浙江省は2023年12月、首批の一級古道115本を選んだ。馬嶺古道もその一つで、全段40.6km、うち桐廬が持つのは14.8kmである。その線の大半は山側にある。名前の由来になった峠も、馬の頭にたとえた高い尾根も、上流の浦江と建德だ。桐廬が握っているのは山の反対側、水の側で、芦茨渓に沿って三つの村を順に通り過ぎ、富春江に流れを渡しに行く渓谷路になる。

つまりこの歩きは、名前が用意するものと別物だ。それは注意書きではなく売り物の方である。2026年3月に歩かれた軌跡で測ると、石舍から芦茨まで10.7km、累積登りは約120m、最高150m、最低48m。渓は端から端まで70mほど下るが、そのほぼ全部が一か所に集中している。茆坪へ落ちる500mで、45mを下る。

難しいのは交通である。バスK619は桐廬駅からこの渓を遡って石舍まで走るが、本数は1日2〜4本。これでこの歩きは「思いつきの午前中」ではなく、ダイヤに組み込まれた作戦になる。杭州側の鉄道は1時間弱で本数も多い。渓側のそれは、村の感覚で本数を数えた交通だ。午後の便を逃せば35〜60元のタクシーで、祝日の午後ならそれも遅い。

その段取りを組んだ者に何が残るか。14世紀、茆坪の胡仲仁が金をだし六年かけて川原石を敷かせた道。国が別々に称号を贈った三つの村。そしてこの国の近代史そのものに読める道路の履歴。1969年にはこの道の5kmが13kmの戦備道路に作り替えられ、1970年代に省道が線を断ち、2008年のトンネル開通で最後の交通が去った。石は、用を足さなくなったから残った。このルートの測定元になったGPSファイルの終点名は金富飯庄という店名で、フィニッシュラインについて書かれた最も誠実な記述は誰の文章でもなく、記録装置が残したものだった。

ルート詳細

石舍、村の手前から出ていく道

50分、1.4km

石舍は、多くの訪問者が問い自体を思いつかない問いへの答えだ。道が村を迂回したとき、渓谷は何を保存したのか。明清の住宅群は2017年に省が保護指定し、白壁の向こうに3,000㎡を超える木組みが連なる。番号ではなく堂名で呼ばれる建ちが並び、存仁堂、精義堂、厚載堂、敬義堂。村はずれのクスノキは樹齢約1,200年、高さ23mとされる。画廊と水彩工作室があり、中国美術学院の写生拠点にもなっている。バス停から始めると数百mを村道で稼ぐことになる。公開している実走線は、民家の門口ではなく、村の上へ上がる道から記録が始まっているからだ。

小さな峠、そして唯一の本格の下り

25分、1.3km

この区間が歩きの性格を決める。道は一定の勾配で渓から離れ、沿程1.4kmほどで高点に達し、そこから1kmは台地の平坦路。そして落ちる。次の500mで45mを落とす。全線で最も急な連続勾配は、登りではなく下りだ。この500mは足早い人で8分ほど。その下で渓は標高128mに現れ、茆坪の廊橋が対岸に見える。峠に眺望はなく、目印もない。名前は尾根越えを約束するが、ここは短い坂を一つだけ含んだ渓谷路にすぎない。

注意: 下りは石張りで苔が多く、日陰のため雨のあと乾きが遅い。転んだときに問題になるのは、この歩きのどこを切り取ってもここだ。

茆坪、道を自費で敷いた村

45分、0.4km

馬嶺古道の桐廬段は、茆坪のためにある。14世紀、胡仲仁というこの村の人物が資金を出し、六年かけて渓谷に川原石を敷かせた。彼が残した村は現在二重の指定を受ける。2019年に中国歴史文化名村、2014年に伝統村落。世帯の約七割が胡姓だ。1772年に建てられ1,800㎡を超える宗祠は、地図の表記では改装中。1922年から1925年に建てられた文安楼が人が立ち止まる建物で、東山書院は道のうえにある。樹齢三百年超の大木、下側の廊橋、15元の麺。これが残りの売り物だ。

撮影のヒント: 村の下側の橋は朝がよい。向こうの山に日が残り、木組みに回ったころが撮りやすい。

渓に沿った七キロ

1時間15分、3.6km

茆坪から蟹坑口までが、この認定の実体になる。平均約1.2mの転石と青石板的な道が、飛び石、吊橋、もう一本の廊橋で渓を渡り、山と省道が渓を挟む地点で省道を何度も横切る。この区間でいちばん有名な地名が百步街だが、先に勾配を知っておいた方がよい。この道の前後1.2kmで、高低差は2mしかない。石が何であろうと、ガイドブックが約束する登りではない。馬嶺古道と名指しされた地点は道が車道にぶつかる所で、蟹坑口は崖が歩道を最も細く絞る所だ。

注意: 木道の床板は一部が抜け落ちており、その下に深さ約1.8mの水路がある。省道の渡りは見通しの利かないカーブに寄ることが多い。

芦茨、スローライフ側の終点

1時間、3.3km

蟹坑口を下ると渓谷は開け、道は田舎の顔をやめる。芦茨は唐の詩人方干を郷里に持ち、一つの集落から進士が十八出たという話も繰り返す。2012年9月、省政府が認めた最初の田園スローライフ体験区の中核で、62平方キロの渓谷は白雲源や、船でしか着けない严子陵钓台も抱え込む。2018年に省の3A景區村莊、2019年に国家森林乡村となり、実際には喫茶室、電動ボートの発着場、週末の車で行き交う橋になる。この歩きのGPSファイルが終点名に記録した金富柴火飯店も、旅游驿站も、この村にある。

最後の500m、そして戻り方

20分、0.5km

驿站と村委会は沿程10kmあたり、トイレと休憩室、走るかどうか読めないシャトルとともに現れる。記録された線はそこで止まらず、渓が名前を富春江に渡す地点までさらに500m伸びる。午後を決めるにはちょうどいい場所だ。バスが味方なら、石舍まで遡って自家用車に回るか、そのまま桐庐站へ。ダメなら乗場から車を呼び、出ていくときは川の道を見ればよい。歩かずに桐廬を見るのは、その部分だけだ。

アクセス

バスを逃した日、バスが終った日

車で30分 35〜60元

桐庐站から芦茨までタクシー配車は18.7km、30分ほど。逃したバスを一日の破綻から出費に格下げできる。逆方向も同じだが、祝日の午後は空車が県の街に戻ってしまうので、流すより予約した方が早い。路線網に留まるなら、K619の姉妹系統が富春江農貿市場を経由し、芦茨で茆坪方面のK606とつながる。

車の場合と駐車

杭州から約1時間15分 燃料+掲示された金額

杭新景高速で桐廬または富春江の出口に入り、省道から渓へ。ナビには渓の名ではなく芦茨村、石舍村、茆坪村、慢生活体验区旅游驿站を入れる。村の駐車は大半が無料だが、1日10〜20元の掲示が混じるので現地の表示が価格になる。片道ルートは車2台かバスの戻りが必要で、だからこそここには公共交通版が書いてある。

渓谷内の移動

10〜30分 2元

K606は富春江農貿市場と西坑口を渓経由で結び、芦茨から茆坪まではこれか同じ道を走るK619で2,108秒、2元。つまり半日分のコースが成立する。茆坪から芦茨の渓沿い7.46kmがこの歩きの核心なので、そこだけ歩いて、茆坪より上流の2.7kmはバスに返してもらう。スローライフ体験区の季節シャトルは報告があるが停留所は非公表のままだ。

同日に戻るには

戻り

渓は外から閉じている。実用上の最終便は午後の便で、それを過ぎれば待っても夜行は来ない。芦茨には時間に余裕をもって発つか、上のタクシーで桐廬に着いて夕食にする。県内もう一つの一日歩きである大奇山森林公園は2025年10月から閉園中で、同日接続にはならない。川の向こうの严子陵钓台は遊覧船でしか着けない。

Photo Guide

Key photo points along the route.

茶色い広い川に艀が並び、低い岸には砂利のヤード、両側を山が囲む
渓谷の出口の大河は絵葉書ではなく作業中の水路だ。雨のあとは茶色く、艀が並び、岸には砂利の設備。その姿のまま撮り、渓そのものは上流側で残すとよい。
木立の下を浅い川と並んで続く細い石道のイラスト
この道は水が近く、光が平坦な場所で最もよく撮れる。低く構えて前景に転石を残し、前を歩く集団は追い越すよりフレームから出るのを待った方がいい。
屋根を持つ木橋が村の下で流れを跨ぐイラスト
廊橋は対岸から、村を背景に撮るのが基本になる。朝の日は向こうの山に残るので、木に均一な光が回る9時以降の方が扱いやすい。
村の路地に沿って白壁と黒瓦が連なるイラスト
古い住宅群は門口ではなく路地から撮る。壁の足元、まわりの建ち、村と建物が接する排水の線。中庭にレンズを向ける前には一声かけた方がいい。
草の岸に挟まれた透明な浅瀬に石の踏み石が並ぶイラスト
渡河点は人のサイズが効く最良の一コマで、水深が踏み石を読める程度なら尚よい。カメラで試す前に手で足場を試し、撮りたい石の上でバランスを取るのは避けてほしい。

実用情報

距離は一つ、登りも一つ

ここの数字は実走したもので、冒頭に一度だけ書き、他では繰り返さない。市場資料には12kmや14kmの走法が並ぶが、村内の遠回りや支線を足した値で、ここでは測っていない。長い別の歩きとして扱ってほしい。

難しさは脚でなくバス

K619が1日2〜4本という条件が、ゆるい10kmを時間厳守の作戦に変える。早く出て午後のうちに終えるか、タクシーを受け入れるか。ネットに流れる61路の整った時刻表は、2019年の試運行時代の古い名残で、のちにK619へ改称され石舍まで伸びた。

有料ではなく、有人でもない

古道にも三村にも入場料はなく、予約制度もない。お金が動くのは任意のものだけ。芦茨で電動ボートが30分80元前後、カヤックが1時間50元前後、川での許可釣り込みが1隻半日で150元ほどだ。

中部は水筒を満たして通り抜ける

村間の渓沿い路の補給点は片手で数えるほどで、営業も保証されない。7月の茆坪から芦茨は日陰が薄く、この渓谷で最も潤沢なのは、そのままでは飲めない水だ。

地図に出ない名前たち

仁寿桥、文昌阁、五朝门、鱼鳞坝、玉阶古桥、厚载堂、鱼梁坝、それに村のクスノキまで、三村の文献には顔が並ぶ。だが信頼できる地図点として残ったものは一つもなく、ここには名前だけを書いて印は付けていない。

上流から始める

石舍から芦茨へ歩けば、渓の落差を上りでなく下りで消化し、駐車・食事・驿站が終点側にある。呼びやすい車も終点側だ。逆走は成立するが、午後の条件が厳しくなる。

歴史的で、同時にデコボコ

川原石、青石板、石段が基調で、村の境界はセメント、畑に出る所は農道。雨の日の足首まである靴は過剰ではなく、床板の抜けた木道の存在は、景色でなく足下を見る理由になる。

村にそれぞれ一時間

歩きに全時間を回す歩きではない。茆坪は宗祠と橋、石舍は渓より上の道、芦茨は昼食が応えてくれる。測定の元になった軌跡の移動ピッチは時速3.6kmで、誰も茶に寄らない前提の数字だ。

平日か、早い時間か

公式の訪問者数は半年で百万人を超え、蟹坑口の狭所は横に並んだ祝日客をさばけない。平日の9時前は道を貸し切り、国慶節の午後は橋に列ができる。林地と周囲100mは禁火期間にあたり、コンロは持っていかないことになる。

安全上の注意

  • 富春江のダムは夏に放流し、12〜17門を開けることもある。放流中は渓口から下で航行が禁止され、岸での立ち入り・釣り・水遊び・水泳も掲示で禁じられる。道脇の水路は深さ約1.8mある。
  • 大雨のあとは百步街の水路が路面と揃う。嵐の当日・直後のこの区間は歩かないでほしい。大丈夫そうに見える床板を信用するのも同じ理由で避ける。
  • 木道の一部は床板が抜けて真下が水路になっている。护栏は歩道より新しい。
  • 茆坪から芦茨の間で道は省道と何度も交差する。渓で唯一の平地を車が占有しているため、見通しの悪いカーブの渡りになる。
  • 石は苔で滑り、照明はない。この道を夜に歩くのは、ヘッドランプと、それなりの理由があるときだけだ。
  • 渓谷中部の電波は届きにくいとの報告がある。どちらの端から出発したかは誰かに伝えておくこと。両端は車で1時間離れている。
  • 家々の間の道では犬が日常的な障害になる。走らず、杖があるなら足元でなく杖に関心を向けるとよい。
  • 夏は草地の縁にヘビと蚊がいる。冬の禁火期間は歩道の両側の林地に及ぶ。

よくある質問

交通手段、中国語の地名、タイミング、安全に関するよくある質問とその回答です。

  • 車なしで本当にできるのか
    できる。この歩きの測定自体がその前提で行われた。杭州東から高速鉄道で桐廬まで1時間弱、駅の外からK619が渓を遡って石舍まで6元。ただし本数が1日2〜4本、ダイヤは変動する。朝の便に間に合えば、杭州の夕食時には戻っていられる。
  • どちらの端から始めるかは重要か
    距離が示す以上に重要だ。上流の石舍から始めれば渓の落差を下りで消化し、トイレも食事も呼びやすい車も終点側にある。芦茨からだと最初の1時間が登りになり、午後は出発点に戻るための時間に消える。同じ歩きで、片方の方がいい一日になる。
  • 10kmは子どもに重すぎないか
    距離は長く、プロファイルは易しい。全線の登りは西湖の山一つより少なく、心配に値する石段は茆坪へ落ちる短い下りだけだ。子どもに効くのは中部で、7kmにわたってトイレもなく、日陰も薄く、買えるものもない。8歳未満なら茆坪から芦茨を歩いてバスで戻る方がよい。
  • チケットや予約は要るのか
    どちらも不要だ。古道は開放された空間で、三村も入村料を取らない。予約制度も、2025〜2026年に限って言えば人数上限の公式通告もない。お金がかかるのは任意のものだけ。ボートの貸出、川での釣り、茶室に座る行為、それに掲示がある場合の駐車料金だ。
  • 尾根を越える馬嶺古道と同じ道なのか
    系は同じ、地理は別。そして多くの紹介文がここで間違える。認定された一級古道は三県にまたがり40.6km、名前の由来である高い尾根は浦江と建德にある。桐廬が持つのは水側、渓谷沿いの道だ。この歩きの説明で峠を越えているなら、それは別の県を書いている。
  • 雨季に渓はどうなるのか
    冠水し、そしてその前提で管理されている。上流のダムは夏に放流し、川は航行禁止になり、百步街が最初に水の下へ回る。6〜7月は石が常に滑る状態になる。乾いた一週間のあとに来ること。雨の多い時期なら村の道だけ歩き、渓沿いは外す。
  • 三村はそれぞれ何を見せてくれるのか
    石舍は建築の村。省に守られた明清の住宅群、門口に掲がる堂名、道より古いクスノキ、夏に学生を呼ぶ画廊。茆坪は歴史の村。宗祠に1920年代の楼、書院に廊橋。芦茨は生きている村。喫茶にボート、驿站があり、他二村よりにぎやかで、素っ気でもある。
  • 途中で村の外に出られるか、車道に渡れるか
    車道には何度も渡る。茆坪から芦茨の間で道と省道は何度も交差し、緊急時には便利で、子どもがいるなら注意する場所でもある。バスで抜けるのは別問題だ。意味のある停留所は両端と、茆坪下の万福桥だけで、本数の少ない路線に手を挙げて止まるのは期待できない。
  • 桐廬のもう一つの見どころと一日にまとめられるか
    徒歩でもバスでも無理だ。川の向こうの严子陵钓台は遊覧船の先で、乗船料込みで120〜125元前後。地図で近い白雲源は、石舍から道路を20km歩く。大奇山森林公園は2025年10月から閉園中。一日はここに使い、村の宿に泊まるのが正しい組み方だ。
  • ここの数字はどの程度本物か
    距離・登り・勾配は2026年3月に記録された一本の実走GPS軌跡から採り、描画用に間引いただけで手がは入れていない。座標系も、橋や村という名前の点に対して検証し、仮定してはいない。所要時間はピッチの計算値。バスのダイヤ、駐車料金、宗祠の足場の状態は、あなたが現地で確認する項目として残してある。